私は弁護士として、日々さまざまな法律問題と向き合っています。その中でも、近年特に需要が高まっていると感じるのが「退職代行」の依頼です。当初は、「本当にそんなサービスが必要なのだろうか」と疑問に思うこともありました。しかし、実際に多くの依頼者の方々と接し、彼らの苦しみに触れる中で、このサービスが単なる「逃げ」ではなく、法が個人の尊厳を守り、新たな人生のスタートを支援する重要な手段であることを痛感しています。
「辞められない」という絶望と、弁護士の使命
私の元へ相談に来られる方々は、皆、精神的に深く追い詰められています。長時間労働、ハラスメント(パワハラ、モラハラ)、いじめ、不当な評価、劣悪な人間関係……。職場環境が原因で、心身の健康を損ない、うつ病を発症している方も少なくありません。
彼らが共通して訴えるのは、「辞めたくても辞められない」という絶望感です。
- 「上司に辞めたいと言ったら、怒鳴りつけられた」
- 「人手不足を理由に、辞めるなら損害賠償請求すると脅された」
- 「引き継ぎがないと辞めさせないと言われ、何ヶ月も足止めされている」
- 「会社に行くのが怖くて、電話にも出られない」
このような状況で、自分で退職の意思を伝えることは、彼らにとって想像を絶する困難を伴います。中には、退職を申し出たことで、さらに過酷な状況に追い込まれ、精神状態が悪化するケースも見てきました。
弁護士の使命は、依頼者の正当な権利を守り、法的な観点から最善の解決策を提供することです。退職の自由は、憲法で保障された基本的な権利であり、労働者にはいつでも退職を申し出る権利があります。しかし、その権利を行使することすらできない状況に陥っている人々を目の当たりにし、私たちは彼らの「声」となり、その権利を実現するための「盾」となる必要があると感じています。
弁護士が行う退職代行の「強み」と「安心」
退職代行サービスは数多くありますが、私たちが提供する弁護士による退職代行には、明確な「強み」と「安心感」があります。
- 法的な交渉・請求が可能:弁護士は法律の専門家であり、代理人として企業と交渉する権限を持っています。単に退職の意思を伝えるだけでなく、
- 未払い賃金、残業代の請求
- 有給休暇の取得交渉
- 退職金の交渉
- ハラスメントに対する損害賠償請求の検討
- 不当解雇に対する異議申し立て など、退職に伴うあらゆる法的な問題に対応し、依頼者の利益を最大限に守ることができます。企業側も、弁護士からの通知には法的な拘束力を意識し、真摯に対応せざるを得ないケースがほとんどです。
- 非弁活動の心配がない:弁護士以外の業者が、報酬を得て法律相談や交渉を行うことは弁護士法違反(非弁活動)にあたります。非弁業者が行う退職代行では、法的なトラブルが発生した場合に十分な対応ができない、あるいは利用者自身が違法行為に巻き込まれるリスクがあります。弁護士による退職代行は、法に基づいた適法なサービスであり、依頼者は安心して任せることができます。
- 万全のバックアップ体制:退職の意思を伝えた後も、会社から不当な嫌がらせや訴訟の動きがあった場合など、予期せぬトラブルが発生することがあります。弁護士であれば、退職後のあらゆる法的トラブルに対しても、継続して依頼者をサポートし、適切な法的措置を講じることが可能です。依頼者は、退職代行を依頼した時点で、未来の不測の事態に対する法的セーフティネットも得られることになります。
依頼者との関わり、そして見送る喜び
私たちが退職代行の依頼を受ける際、最も大切にしているのは、まず依頼者の心に寄り添い、状況を丁寧に聞き出すことです。多くの方は、もう二度と会社と関わりたくない、という強い思いを持っています。そのため、私たちは依頼者と企業の間に入り、全ての連絡窓口となります。依頼者の方には、会社からの電話やメールを一切無視していただくようお伝えし、精神的な負担を最小限に抑えることに努めます。
退職の意思が企業に伝わり、無事に退職が完了したという報告を依頼者にした際の、彼らの安堵と解放された表情を見るたびに、この仕事の意義を深く感じます。電話口の向こうから聞こえる、涙混じりの「本当にありがとうございました」という言葉は、何物にも代えがたい喜びです。
ある若者は、過労とハラスメントで数ヶ月も家から出られなくなっていましたが、退職代行を通じて会社を辞めた後、徐々に体調を回復し、数ヶ月後には新たな職場で働き始めたと連絡をくれました。また、長年勤めた会社での理不尽な扱いに耐えかねていたベテラン社員も、適正な退職金を得て、心穏やかに第二の人生をスタートさせました。
退職代行が示す社会の課題
退職代行の需要が高まっていることは、日本の労働環境における根深い課題も浮き彫りにしています。パワハラや過重労働がはびこる職場、そして、労働者の退職の意思を尊重しない企業文化が未だに多く存在することを示しています。
私たちは、退職代行を通じて個人の権利を守るだけでなく、こうした社会課題にも警鐘を鳴らし続ける必要があると感じています。誰もが安心して働き、そして安心して辞めることができる社会を目指して、これからも法律の専門家として尽力していきたいと考えています。
退職代行は、決して「逃げ」ではありません。それは、自らの心身の健康と尊厳を守り、より良い未来を切り拓くための、法に則った「権利の行使」なのです。そして、その一歩を、私たち弁護士が支えることができることに、大きな誇りを感じています。
記事監修 弁護士 町田北斗 (東京弁護士会所属)
